英語で考える

英語で考える

英語で考える事を勧める英語教育者が多くいます。その英語で考える事は本当にできるのでしょうか。そしてその英語で考える、その英語学習の効果はどうなのでしょうか。

英語で考える本

日経ビジネスで晴山陽一氏が「英語で考える」ことは可能か次のように言っています。

私が新著を書くために読んだ40冊以上の書物の中から最もインパクトの大きかった2冊を選ぶとするなら、前回取り上げた國弘正雄著“國弘流 英語の話しかた”と、この“英語で考える本”が文句なく双璧をなす。

松本亨氏は英語教育界の巨星だった。その生涯を通じて「英語で考える」「英語の意味は音声にある」という2つの信条を守り通し、いささかも曲げることがなかった。特に「英語で考える」という主張に対しては、「日本語で考えることに慣れた日本人には、どだい不可能な理想論」と、これを疑問視する声が根強く、彼の一生はこのテーゼを身をもって実証することに費やされたと言っても過言ではない。

今回、『英語ベストセラー本の研究』を書くために膨大な資料に目を通したわけだが、私が驚いたのは、松本の『英語で考える本』が出される21年も前に「英語で考える」という標語を高らかに掲げた文書があったという事実である。

教育基本法

終戦後3年目の1947年に教育基本法が公布され、6・3・3・4制の学制が定められ、同年の4月から新制小・中学校(高校は翌年)が発足した。それに先立って『指導要領(試案)』があわただしく発表された。次にご紹介するのは、英語科のセクションの第1章、英語教育の「目標」の部分だが、ここに目を疑いたくなるような記述がある。まず、項目だけを列記すると、

英語で考える習慣を作ること。

英語の聴き方と話し方を学ぶこと。

英語の読み方と書き方を学ぶこと。

英語を話す国民について知ること、特にその風俗習慣および日常生活について知ること。

これが英語教育の目標である。トップに「英語で考える習慣を作ること」が掲げられているのである。さらに「聴き方と話し方」が「読み方と書き方」に先んじている点も大いに注目に値する。終戦直後のこの時期に、英語教育の第一目標に、さりげなく「英語で考える習慣を作ること」が挙げられていることに、私は驚きを禁じえない。

この第1項の説明部分を見ると、そこには「英語で考えるという習慣が最初で最後の段階」とか「英語で考えることが最も自然で効果的な学習法である」と明記されている。

しかし、のちに「英語で考えること」を「最も自然で効果的な学習法」とみなし、そのための膨大なテキストを作成して世に問うた松本亨は、ともすれば現実から遊離した理想論者とみなされ続けたのである。

松本氏の略歴を見て感心するのは、彼の英語学習の道が決して平坦ではなかったこと、それにもかかわらず、ずば抜けた直観力で道を切り開いていったことである。そのことは、彼が中学で英語を学び始めて7年も経ったのちに、英語を一からやり直した勇気と真摯さによく表れている。話はこうである。

その時、彼は明治学院大学の1年生だった。毎日のようにネイティブの教師たちの家に入り浸って英語に触れ、だいぶ自信をつけてきた矢先のある日のこと。彼は校庭で、アメリカ人教師が奥さんと早口で立ち話をしているのを耳にしたのだが、まったく聞き取ることができなかった。この時、松本は「本当の英語は、自分にはまだわからないのだ!」と非常なショックを受けたという。自分の学習法には何が欠けているのか、一晩眠らずに考えた末、到達した結論は次のようなものだった。

(1)自分はこれまでアメリカ人の先生の言うことを聞いて、それを一度日本語に訳していた。だから、文が完全に聞き取れないと、意味が完全に取れないのである。

(2)返事をする時は、まず頭の中で英文を組み立て、動詞の時制や名詞の単数・複数や冠詞の使い方や発音などを2、3秒で確認してから話す。これは大変な労力を伴う。

このような反省を踏まえた上で、松本は「なんとか自由自在に英語を使うようになりたいものである。正しい英語が、自然に口から出てくるようにできないものだろうか」という強烈な願望を持つようになるのである。

このようにして見ると松本氏の学習方法は多くの表現を覚えているだけで、英語で考えているのではありません。松本亨は英語教育界の巨星でありましたが、この英語で考えると言う方法は多くの英語教材が乱用しているのも事実です。

この英語で考えるは教育基本法で言われているものですが、この誤った考えはその後の日本の英語学習に大きな影響を与えました。言語習得はネイティブを真似るべきものを、英語で考えるは自分が英語で何かを作る事であると言う誤解を与えてしまったことです。

内言語と外言語

日本語も日本語で理解しているのではなく、思考言語で理解して使っているのです。ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域を langue と呼び、それは内言語とか思考言語のように表記されています。

アメリカではIntra-personal Communication においてはJerry A. Fodorの Language of Thoughtの仮説も多くの支持を集めています。Inter-personal Communicationで使われるのが外言であり、それが日本語なり英語等の言語です。

心理学的には内言語は、外言語の約2倍だといわれています。また、内言語は必ず外言語に先行しています。ですから、わかることを増やせば、他の条件が揃ったときに話し言葉につながるのです。3~4歳の頃、内言語が急速に増えると言われています。

通常のコミュニケーションとは「内言語を外言語に転換する能力であり」とは、「頭の中で思考する時に使用している言葉(内言語)をそのまま外に伝達する言葉(外言語)として使用しない能力」と言い換えることができるのです。

大きな間違い

考えると言う事は内言語を使いますから、英語で考える事はできません。

このような状態において日本人が英語で考える事には大変に無理があり、それをやれと主張する英語学習方法は効率的な教え方ではありません。

マルチリンガルのカルロス・ゴーン氏も英語や仏語で考えておらず、思考活動は言語を話すのとは別のものだと証言しています。しかし、話すと言う事は「内言語を外言語に転換する能力」なのです。

元日産のゴーン社長は次のような質問のこう答えました。

質問: フランス語、英語、ポルトガル語など何カ国語も操るゴーンさん。考えるときは
その国の言葉で考えるんですか。

ゴーン氏: それはないですね。考えるプロセスは言語とは別の行為だと思います。
思考内容は体、言語は洋服のようなものです。キャスパー(透明なお化けのキャラクター)は洋服を着ないと人の目に見えないのと同じで、考えは言語にしないとわからない。
誰かを見ただけではその思考まで見透かせないでしょう。言語は考えを具現化するもの。
私が考えることは英語でもフランス語でも表現できます。

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